東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1786号 判決
控訴人(第一審原告)黒沢綾子、同(第一審原告補助参加人)黒沢丈市は「原判決を取消す。被控訴人が樹立した別紙第一目録記載の農地買収計画を取消す。被控訴人が樹立した別紙第二目録記載の農地買収計画中(四)甲千七百番の一畑六畝二十六歩に関する部分のうち一畝二十四歩及び現に山林または法久街道道路敷になつている部分並びに(一)甲千七百番の二、台帳面地目宅地一畝十三歩、(二)千六百九十九番、同上宅地一畝五歩、(三)乙千七百番同上宅地二十八歩に関する部分を取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴人等において「(一)原判決書二枚目記録第一六九丁裏三行目『裁決をしないでおく一方、被告は』の次に『訴願裁決庁と通謀結託して』と附加訂正する。(二)原審において被告(被控訴人)の指定代理人であつた太原順三は、被控訴委員会の書記としてその所部の職員に該当するものでなく、現に群馬県主事として同県の所部の職員であつて、被控訴人から本件訴訟事務を委嘱されているものである。尤も形式的には、被控訴委員会の書記に任命したような辞令を用いたことはあつたにしても、それは同人に本件訴訟事務を委嘱するのが唯一の目的で、真実被控訴人の所部職員たる身分を取得したものでないから、かかる者は国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律第五条により、被控訴人の指定代理人となり得る資格がない。(三)第一号買収計画(別紙第一目録記載の農地買収計画)は未だ有効に取消されていないものである。――第二号買収計画(別紙第二目録記載の農地買収計画)樹立に当り、第一号買収計画を取消す旨の被控訴人の明確な意思は表現されて居らないのみならず、第一号買収計画に対し控訴人黒沢綾子は異議を申立て、却下されるや更に訴願提起中に、第二号買収計画が樹立されたのであるから、原判決の如くこの第二号買収計画樹立によつて暗黙に第一号買収計画を取消したと解することは、確定力ある行政行為即ち処分庁を覊束すべき行政処分につき、一方的にその取消を認めることとなり、不当である。若し争訟中でも処分庁自らその争訟の対象となつた行政処分を一方的に取消し得るとすれば、かかることを繰り返すことによつて行政訴訟においては行政庁は敗訴を免れ、公務員の職権濫用を防止する途がなくなるからである。(四)第一号買収計画の内容上の瑕疵――(イ)第一号処分の対象たる農地については、その公示においても単に……字露久保甲千七百番の一、六畝二十六歩の内一畝二十四歩を分筆買収する旨の表示あるに止まり右分筆買収の対象となつた一畝二十四歩が、右六畝二十六歩のどの部分であるかを明らかにしていない。(ロ)右買収の対象となつた土地が若しその隣接地に住む訴外小阪政夫の宅地に接する一帯の部分であるとすれば、一部は山林、宅地、道路を含み、現況農地でない部分をも含めて買収したのは違法である。(ハ)右土地は数十年来境界不明のまま、小阪等の不法占拠にゆだねられていたのを、最近に至り控訴人綾子の所有地であることが判明したものであつて、同人等の間に小作契約の存在する謂れなく、断じて小作地でない。(五)第二号買収計画の瑕疵――(イ)第二号買収計画は公務員の職権濫用による不当の処分であつて、当然無効であるか、少くとも違法として取消さるべきものである。即ち第一号買収計画に対し、控訴人綾子から異議、訴願が提起せられその争訟中、相手方である被控訴人は不利とみるや、訴願裁決庁の当該訴願審理事務担当者である太原順三と通謀結託して、第一号買収計画に対する訴願裁決を保留させておき、右第一号買収計画に代わる処分として第二号買収計画を樹立したのが、その実相である。かくの如きはまさに公務員の悪意の職権濫用行為というべく、その内容如何に拘らずその処分行為自体、無効若しくは違法である。(ロ)仮りに第二号買収計画の全部が違法無効でないとしても、さきに樹立せられた第一号買収計画は、既に縷説した如く既判力を有する行政処分で、一事不再理の原則が適用され、少くともこれと重複する部分は違法無効である。(ハ)第二号買収計画の目的たる土地は買収計画当時、全部畑でなく一部に山林(雑木林)宅地、道路敷(法久街道、県道)を含んでいるから、少くともこの部分は買収から除外されねばならないにかかわらず、これら全部を合せて買収したのは違法である。即ち右買収計画の対象となつた別紙第二目録記載の四筆中、(一)ないし(三)の三筆は本来宅地として所有してきたものであるが、台風で家屋が倒潰し、加うるにこの宅地に副う県道も崩壊し、緊急復旧工事のため宅地の一部が県道用地として買収せられたので、直ちに家を建てられず宅地拡張工事途中附近に住む者が、無断で一時的耕作の用に供していたものに過ぎないから、仮りに本件買収当時農作物が植栽されていたとしても、自作農創設特別措置法第二条にいわゆる農地でない。(二)被控訴人は第二号買収計画の目的たる土地中、第一号買収計画の目的となつていた部分即ち字露久保甲千七百番の一、畑六畝二十六歩のうち一畝二十四歩については自創法第六条の五により、その他の部分については同法第三条第五項第二号によつて、買収計画を樹立したというが、右買収計画においては両者の地域は劃然と特定されていないから、かかる買収計画は行政行為の効力発生要件を欠如する無効のものであるか、または瑕疵あるものとして取消しを免れないものである。」と述べ、被控訴人訴訟代理人において「第一審において被告(被控訴人)指定代理人となつた太原順三は、群馬県事務吏員であるが、群馬県知事の承認を得て昭和二十七年五月十四日被控訴人美原村農業委員会から同会書記を委嘱せられ、その所部の職員として第一審被告(被控訴人)の代理人に指定せられたのであるから、同人は国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限に関する法律第五条により、被控訴委員会の所部の職員として本件第一審の訴訟において指定代理人としての資格があつたものである。」と述べた外は、原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。(証拠省略)
三、理 由
先ず(一)原審において被控訴人(被告)の指定代理人として本件訴訟を追行した太原順三の代理資格の有無に関する点、並びに(二)本件別紙第一目録表示の土地に対する買収計画(以下第一号買収計画と称する)及び同第二目録表示の土地に対する買収計画(以下第二号買収計画と称する)の樹立から各訴願裁決書の送達に至るまでの経過事実に関し原判決の説示するところは、正当であつて、当裁判所もこれと見解を同じくするから、前者については、原判決理由中記録第一七二丁裏三行目以下第一七三丁表三行目までの記載を、また後者については、同記録第一七三丁表四行目から同丁裏十行目までの記載を、当裁判所の説示としてここに引用する。
次に前記第一号買収計画が、被控訴人主張の如く昭和二十六年十二月二十七日第二号買収計画樹立に当り適法有効に取消されたかどうかを審按するに、この点に関する当裁判所の事実の認定並びに法律上の判断は、原審及び当審証人新井宣雄の証言をも斟酌し、原判決理由中記録第一七四丁表一行目以下同丁裏五行目中段までに説示するところと同一であるから、これをここに引用する。この点に関し控訴人は、右第一号買収計画に対しては異議、訴願の争訟繋属中であつたのであるから、処分庁と雖も右処分に覊束せられ、一方的にその処分を取消し得ない旨(前示当審主張(三))主張するが、実質上裁判の性質を有する訴願裁決そのものを、後に至つて裁決庁が自らこれを取消すことは原則として許されないとしても(昭和二十九年一月二十一日最高裁判所第一小法廷判決参照)、一般に行政処分については、公益上の見地から相当と認められる限り、処分庁自らいつでもこれを取消し得るのが原則であつて、(尤もその行政処分の取消によつて失われる法律秩序の破壊が、取消を認める公益上の必要よりも重視せらるべき特別の事情ある場合は格別であるが、本件の場合かかる特別の事情は認められない、)右行政処分が異議または訴願の対象となつて現に争訟中であると否とによつて、結論を異にすべき理由はない。(村農地委員会の定めた農地買収計画につき県農地委員会に訴願が提起された後、村農地委員が右計画を取消した事例につき最高裁判所第一小法廷昭和二十九年一月二十一日言渡判決、判例集第八巻第一号百十一頁参照)若しそれ右取消処分が公務員の職権濫用と目すべき場合は、この理由から違法無効と解すべき場合もあり得るであろうが、本件に顕われたすべての証拠によつても、前記第一号買収計画の取消し処分を以てこれに該当すると目すべき資料はない。従つて本訴請求中第一号買収計画の取消を求める部分は、取消の対象がなくなつたのであるから、この買収計画の瑕疵の有無に関する爾余の争点に判断を加うるまでもなく、失当として棄却を免れない。
次に第二号買収計画の適否につき審按する順序となるのであるが、先ずその内容上の瑕疵の有無に関する判断の前提として第二号買収計画の目的たる土地四筆(以下第二号地と称する)のうち、さきに第一号買収計画の目的となつていた「露久保甲千七百番の一畑六畝二十六歩中の一畝二十四歩」(以下第一号地と称する)の土地の昭和二十年十一月二十三日当時の現況及びその耕作関係、爾余の第二号地の買収計画樹立当時の現況及び耕作関係に関する当裁判所の事実の認定については、当審証人新井宣雄の証言をも斟酌し左記の点を附加する外、原判決の説示(記録第一七五丁表一行目から、同丁裏七行目まで)と同一であるからこれをここに引用する。
附加する点は左の「 」内のとおりである。「成立に争のない丙第十七号証、第十八号証の一ないし四によれば、昭和二十八年二月一日控訴人両名と被控訴委員会会長である佐藤源太郎その他関係者相寄り、本件二号地中公簿面宅地一畝五歩、同一畝十三歩のうちには、一部十八坪位県道として既に工事済で計画樹立当時農地でなく、また畑六畝二十七歩の北部の一部は山林であつたに拘らず、これらを全部農地として買収計画を樹てたのは誤りであつたから、これが是正に尽力する趣旨の示談書なるものを作成し、これが実行に着手したことある経緯を窺知し得るが、当審証人新井宣雄、同飯島勘一の各証言及び当審における被控訴委員会代表者佐藤源太郎の尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、右示談書(丙第十七号証)が作成されるに至つたのは、美原村長飯島勘一の斡旋により控訴人等発案そのままの条件で本件係争を解決するよう勧告を受けた右佐藤源太郎は、右記載事項は真実に反するけれども執拗な紛争の継続に堪えかねてこれに署名捺印するに至つたものであり、現に畑六畝二十七歩の地域のうち北部の一部は山林であるというが右山林の部分は同地と地続にある千七百一番地の山林地内に属し、右六畝二十七歩地域に存在しないものであることを窺うに足り、また仮りに控訴人等主張の如く前記公簿面宅地となつている千六百九十九番一畝五歩、甲千七百番の二、一畝十三歩の道路沿いの一部が計画樹立当時既に県道用地として買収済であるとすれば(成立に争のない丙第十六号証参照)、この部分は最早控訴人黒沢綾子の所有でなかつたことに帰し訴の利益はないといわねばならぬ。更に控訴人等のいわゆる法久街道道路敷の部分というも、原審証人小阪政夫、同新井宣雄、当審証人新井宣雄の証言によれば、第二号地の畑六畝二十七歩のうちその道路にかかつている部分は幅三尺位数坪の極めて僅少部分であるばかりでなく、従来私有道路として通行の用に供されていたが、数年来他に街道ができたため一般公衆の用に供されておらず、現に附近に居住する小阪政夫宅に至る通路として使用されている程度であることが窺われるから、この僅少の部分に跨る一筆の農地を一括して買収したからとて、敢えてこれを取消す程の瑕疵あるものと認め難い。最後に控訴人等は第二号地の畑六畝二十六歩のうち自創法第六条の五によつて遡及買収した一畝二十四歩(第一号地)についてはその地域が右六畝二十六歩のうちどの部分に位するか特定されていないというが、(前示当審主張(五)の(二))右の部分は現地の地形状況からみて判然他の部分とは区別せられ特定し得る状態にあること、原審証人小阪政雄、原審及び当審証人新井宣雄の各証言によつて明らかであるから、たとい右買収計画の公示、通知等に特にこの部分を図示する等の方法を執ることなく、他の条項による買収部分と一括して表示されていたとしても、これを以て買収範囲が特定しない違法の処分と解することはできない。」
次に第二号買収計画は公務員の職権濫用による不当の処分であるとする控訴人等の主張(前示当審主張(五)の(イ))を肯定し得るような資料なく、第二号買収計画中第一号買収計画と重複する部分は違法無効であるとする主張(前示当審主張(五)の(ロ))についても、前に説示した如く第一号買収計画が適法有効に取消されているのであつて、行政庁がその処分をひとたび取消したからといつて再び同じ処分をすることが常に違法と断定できない筋合であるから、(昭和二十八年三月三日最高裁判所第三小法廷言渡判決判例集第七巻第三号二二〇頁)これら控訴人等の主張はすべて採用できない。
従つて控訴人等の第二号買収計画取消に関する請求も失当として棄却を免れない。
よつて民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十三条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)
(目録省略)